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Channel: 東風戦メンバー戦記
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102「轟盲牌」

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その常連は、あまり人に好かれるタイプの客ではなかったと思う。
いつもおどおどして口数も少なく大人しい印象なのだが、ひとたび祝儀を引いて大きなトップを取ったりすると、突然
「あ、もう時間だ」
と席を立って抜けてしまうのである。

もちろん本当に時間に余裕がない、というわけではなく、余裕がないのはきっと違う部分なのであろうが――、いつもそうやって勝ち逃げを図ろうとする彼に、他の客もいい加減辟易していた。
「ラス半コールして下さいね」
店も何度もそう言っているのだが、いざ彼がラス半を口にしても、結局トップを引けなかった場合に、
「あ、あの、もう1回やってもいいですか」
などと自ら引き伸ばしをしてしまうので、待ち客でもいない限りはそのまま居座ってもらうことになる。
店としてはいつ止めてくれてもまあ構わないのだが、他の客からすれば、トップ抜けされるのはやはり面白くないだろう。
大概は、この客にだけはトップを取らせまいと、暗黙の結託が結ばれることになる。
勝ち方も負け方も、大人の作法を知っている方が長い目で見れば得するのは鉄火場の常識かもしれない。
この客はもちろんそんな気配りなど持ち合わせておらず、当然のところ、麻雀も周囲の状況などお構いなしの絵合わせであった。
放銃もとても多く、愚形のノミ手リーチばかりで、実際特に周りも結託する必要などなく、自然に任せておけばトップは脇へ流れるのが常だった。
彼は色んな面で余裕がなく、臆病だったんだと思う。

最近人気を博した麻雀漫画で「轟盲牌」という描写があった。
牌を強く盲牌することで、表面を削って※白に変えてしまうという破天荒な技である。
彼がツモるときはまさしくそんな様子で、息を荒立てながらぐりぐり盲牌しながら持ってくる。
あまりにぐりぐりとやるもので、他の雀荘で怒られたこともあるらしい。
力強く牌を握ってみても何も結果は変わらない。
それでもなんというか、自分の手だけを見て、おどおどしながらも必死に打つ彼のことが、私はそう嫌いではなかった。
無論、トップ抜けで多少の浮きで帰ることもあるけれど、手持ちがなくなって強制ラス半になって苦笑を誘うことの方がずっと多かったのである。

あるとき、負けが込んでいた彼が必死な形相でリーチをかけた。ふと目をやると、こんな形である。
二二③③⑥⑧⑧1155北北 ドラ北

七対子ドラドラの※⑥単騎。
もっといい待ちはないのかよ、と宣言牌を見ると※4。まあどっちに取ったって大差はないが、それにしたって即リーしなくても良さそうなものだ。

と、卓上を見て愕然とする。
脇が――※⑥をポンしているのである。
■■■■■■■■■■ ⑥⑥⑥(ポン)

いかに河を見ないからってこれは酷すぎる。
せっかくの勝負手が水の泡だ。
彼がいつものようにぐりぐりと牌を擦ってはツモ切りを繰り返す。
そんな純カラで一所懸命牌を握りしめたって駄目だ。
私は、半ば同情の思いで彼の悲しい轟盲牌を眺めていた。

そして彼に奇跡が起きる。

「ツ、ツモ」

二二③③⑥⑧⑧1155北北 ツモ白ポッチ ドラ北
 
なんと※白ポッチのツモ和了り。
本当に轟盲牌で※白になってしまった。
そして裏ドラをめくるとそれが※⑥なのである。

リーヅモ七対子ドラドラ裏裏で、倍満。
同卓者が引っくり返った。
感嘆する私をよそに、彼はごく当然のように、「ラス半で」と言い放った。


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