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Channel: 東風戦メンバー戦記
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100「接客と勝負」

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平日の深夜、常連とスリー入りで細々と卓を囲んでいた。
客が少ないのは今に始まったことではないが、スリー入りはメンバー同士の食い合いになるので、出来れば店としては避けたいものだ。
もう一人くらい客がいれば、雀荘としてはどうにか形を成しているといえなくもないのだが――。
カランカランとドアが開いて、30代半ばと思しき痩躯の男性が入ってくる。
手荷物らしきものは、携帯と煙草だけ。
私達の注視を振り払うように、初めてなんですけど、と男性が答えた。
これは助かった、と恭しく男性を迎え入れる。
男性は、慣れた様子でルール説明を聞き、次の半荘から卓に入った。
しかし安堵の思いも束の間、私は数局打ってすぐ気を引き締めることになる。
新規の客が訪れると、私達はまず客の色んな所を見る。
雀荘には慣れているか、社交的な方か、この店の空気は合うか、そしてどの程度の腕の持ち主なのか――。
この男性は、相当なものだった。
接客業の立場から言えば、客を値踏みするなんてとんでもないが、どうしても相手の巧拙には敏感になってしまう。
これは接客でもあり、勝負でもあるからだ。
摸打も早く、和了りも鋭い。
男性は順当に初回にトップをさらい、その後も連帯を重ねた。
回が進むにつれ、寡黙に見えた男性も口を開くようになる。
聞けば、やはりあちこちの雀荘に詳しく、勝負の経験も豊富なのが分かる。
雀荘に来る客には二通りある。
牌戯に一時の快楽を求めて来るのか、シビアに博打の稼ぎを求めて来るのか。
この男性は、後者なのだろうと思った。
普段は繁華街の雀荘を渡り歩いて、今日は外れの店に足を伸ばしてみたといったところか。
男性のカゴに勝ち金が積もる。
瑣末なプライドが頭をよぎった。
このまま甘い店と思われるのも悔しい。

和了りトップのオーラス、私はこんな形のイーシャンテンだった。
①②③④⑥⑦⑧⑨13499 ドラ①

そしてすぐ、上家から※2がこぼれる。「チー」発声してみて、ふと自分の河を見た。鳴くなら、こうしよう。※2※1※3と晒して、打※4。
①②③④⑥⑦⑧⑨99 213(チー) ドラ①

カン※⑤の聴牌。私の捨て牌はこう。
八北七西五68一4

ドラは※①だ。下の三色も視野に入れていたため、期せずして捨て牌も上目に寄っている。
※2※1※3と見せることによって、筒子も下目を警戒してくれるかもしれない。
数巡の後、下家の男性の切り番。
男性が少考する。
私の打※4を見ている。
男性が、赤※⑤を抜いた。
「――ロン!」
一通赤ドラの3900。
男性はこの放銃でラスに落ちてしまった。
おそらく男性は聴牌で、※②を切ろうか赤※⑤を切ろうか迷ったのだろう。
手の内の一牌を卓に打ちつけ、しばし苦渋の表情をした。
男性がラス半をかけ、彼は3着で席を立った。
少しだけ、気まずい感じがした。
「ありがとうございました。またお願いします」
扉口で努めて明るく見送る私に、彼は
「また来るよ」
と言って雰囲気を取り繕った。
帰り際に後を濁さないのも手慣れているのだろう。
無論、彼がもう来ることはなかった。
いい勝負なんて、求めていなかったのだ。
彼は狩場を探して、こうやって方々の雀荘を訪れているのに過ぎない。
彼が来なくなったのは、私を打ち手として認めてくれたからかもしれない。
それでも接客としては、勝負に拘り過ぎる麻雀は、望ましくないものだ。
強いと思われたかったのか?自戒して、自分の矮小さを笑った。


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